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島風

Last-modified: 2015-07-18 (土) 19:10:51
No.010
オゥッ!?島風(しまかぜ)島風型 1番艦 駆逐艦
艦船ステータス(初期値/最大値)
耐久19火力12 / 29
装甲8 / 29雷装45 / 89
回避50 / 99対空14 / 49
搭載0対潜24 / 49
速力高速索敵7 / 19
射程10 / --
最大消費量
燃料20弾薬25
装備
12.7cm連装砲
61cm四連装魚雷
装備不可
装備不可
改造チャート
島風島風改(Lv20)
図鑑説明
艦隊型駆逐艦の最高峰を目指して開発された、高速で重雷装の駆逐艦、島風型よ。
40ノット以上の快速なんだから。
でも、量産には向かなくって、私一隻しか建造されなかったの。

※初期値はLvや改修の補正を除いた時の数値であり、最大値はLv99の時の最大値を指します。

CV:佐倉綾音、イラストレーター:しずまよしのり (クリックするとセリフ一覧が開きます)
目次(クリックで開きます)

ゲームにおいて Edit

  • 雪風と並び、Lv20で仕上がる駆逐艦では最強の部類に属するステータスをもつホロ艦船。
    • 他の標準的な駆逐艦と比べ、火力・対空・装甲・回避の最大値が10高く、さらに耐久が6、雷装は20高い。
    • 雷装最大値は99と駆逐艦最強で、回避・装甲・耐久も軒並み高いので生存率もある。
    • ただし対潜・索敵・運は並で、燃費は駆逐艦の平均より悪いため遠征に向いていない。
  • 高性能艦として、3-2や4-4のように駆逐艦縛りが発生するエリアで活躍させるのが良いだろう。
    • 運が平均並の12なので、夜戦主体で活躍させるつもりならカットインではなく連撃を狙う装備にするのがオススメ。
    • 夜戦のカットインを狙うなら、時雨改二(50)や初霜改二(53)や雪風改(60)の方が向いている。
  • 建造でもドロップでも手に入るレア駆逐艦である。
    • 建造の場合はレア駆逐艦レシピと呼ばれる専用レシピを使うと良い。が、その建造率は非常に低く、島風を狙って建造すると雪風やが複数出てくることがあるので注意。
    • 雪風と違いドロップ率はそこそこあるので、建造よりもドロップ狙いの方が早いかもしれない。北方海域や西方海域では各地でドロップする。また2-4では全域でドロップするため、2-4突破のために2-4-1でレベリングするついでに狙う提督が多いようだ。しかし2-4-1は重巡が4隻出てくることがあり、レベリング効率は潜水艦デコイが使える3-2-1や3-3-1と比べると効率が悪い。
    • しかしドロップ海域は少なくないものの、2-4-1以外では案外狙いにくい。周回MAPの2-3や5-4、任務を遂行しやすい2-5や4-2、4-4、5-2等では一切ドロップせず、他のドロップ海域は、よりによって羅針盤MAPの3-1ボス、3-4全域、4-1ボス、4-3ボス、加えて道中大破率の高い3-2ボス、3-5ボス、5-1ボス、6-2ボスと、狙いにくいところばかりである。この中だと4-1が一番楽だろう。建造しながら気長に狙いたい。
  • 2015年7月17日のアップデートで追加された「『第一水雷戦隊』北方突入準備!」に始まる一連の第一水雷戦隊関連任務で島風が必須となる。
    これは同任務のモチーフとなったキスカ島撤退作戦でのエピソードに由来するもので、島風が必要な任務としてはこれが初となる。(小ネタ参照)

小ネタ Edit

艦歴 Edit

試作重雷装駆逐艦・島風誕生 〜ぼっちじゃなーいー! Edit

  • 高速力と強力な雷装、駆逐艦の最高峰を目指して技術の粋を集め、舞鶴工廠で生み出された「駆逐艦版大和」のような存在。
    • 速度の事だけが取り上げられがちだが、島風は高い航海性能・攻撃力・速度・航続距離・経済性など、相反する要素を全て高いレベルで実現しようとした艦である。
    • 島風は一種のテスト艦であり、続く計画(第五次海軍軍備充実計画、通称マル5計画)では改正を加えた準同型艦16隻を建造する構想だった。しかし太平洋戦争開戦により島風のような高コスト艦を量産することは不可能となり、姉妹艦が生まれることはなかった。
    • ほぼ同時期の乙型駆逐艦(秋月型防空駆逐艦)も大型高性能で高コストだが、こちらは現場から引っ張りだこでしっかり量産されていた。
  • 島風は従来の甲型駆逐艦(朝潮型・陽炎型・夕雲型)と異なり、多数の魚雷発射管で遠距離から魚雷をばらまく先制雷撃というコンセプトを持った丙型駆逐艦(いわば重雷装駆逐艦)である。
    しかし、戦術研究と演習の結果、そのような戦術はほぼ不可能ということになったのも、量産されなかった大きな要因になった。
    • 姉妹艦がなく、速度差の大きい他艦と隊列を組ませると、衝突事故が発生しかねないため、水雷戦隊所属となってからも駆逐隊には編入されず、就役から沈没までずっと僚艦なしの「ぼっち」であった。
    • このため能代沈没時や多号作戦など、軽巡を使用できない場合には駆逐艦としては充実した通信設備を生かして第二水雷戦隊の旗艦になることが多々あった。ワンオフなりの使い方もあるにはあるのである。
  • 彼女の計画番号は125号であり、夕雲型に割り込む形となっているが、これは本来夕雲型の一隻に割り当てられた番号(予算)であった物を試作艦を作るという事で流用したため。
    • つまり同型艦こそいないが、夕雲型とは遠い親戚と呼べる間柄なのである。ぼっちじゃないよ!良かったね!ぜかましちゃん!
      • 実際に長きに渡り同じ第二水雷戦隊に属し、三回同じ作戦に従事した長波は「島風、雪風と仲が良いかな」と時報(22時)で言ってくれた。勘違いじゃなかったよ!良かったね!ぜかましちゃん!

初陣、キスカ島撤退作戦 〜撤退?スピードなら負けません! え、違うの…? Edit

  • 竣工時は練成部隊である第十一水雷戦隊に配属。この当時は龍田が旗艦を務め、ハブられた第三次ソロモン海戦で戦没したを除く第六駆逐も所属していた。
  • 初陣はキスカ島撤退作戦。木村昌福少将に特に請われての参加となった。
    • 請われた理由はもちろん逃げ足の速さ……ではなく、濃霧でも索敵できる二号二型電探と三式超短波受信機(逆探知装置)を搭載していたから。作戦中はまずまずの作動を見せた模様。
      • 艦これで島風の参加が必要とされる初めての編成・出撃任務が、このキスカ島撤退作戦をモチーフとしているのも粋な演出といえる。
    • キスカ撤退作戦では島風は警戒艦という位置づけで撤退する陸兵は乗せていない。
      • この作戦において、第21駆逐隊の司令駆逐艦・若葉が駆逐艦初霜との衝突事故で後退したため、この駆逐隊の旗艦も兼務。その最期まで続く彼女の代理旗艦艦生は、初陣より始まっている。
    • この作戦中、彼女は部隊の総旗艦だった阿武隈が敵艦と誤認した「島(岩礁)」に向けて阿武隈と共に魚雷を発射、全弾命中。これが皮肉なことに、五連装酸素魚雷発射管3基15門という強力な兵装が挙げた唯一の「戦果」だった。
      • 1943年9月2日、訓練中に演習用魚雷を駆逐艦響に命中させ、はスクリューを損傷。魚雷の命中率はかなり高い。

南方進出 〜テストと護衛ばっかりで退屈なんだもん Edit

  • 書類上は1943年7月10日付で「栄光の第二水雷戦隊」に配属されているが、キスカ島撤退作戦のさなかである。北方部隊の指揮を離れたのは作戦後の8月3日である。
    • 作戦後は呉に戻ってきたものの、しばらくは訓練やテストなどに追われ、南方へ進出するのは9月15日になってからである。そのときの相棒は長波。
    • 当時、ソロモン方面では熾烈な戦闘の連続だったが、艦隊を組みづらい島風は最前線には投入されず、船団護衛をもっぱらとして内地とラバウル・トラックを往復して過ごしている。
    • 護衛を終えて横須賀に11月15日に帰投したが、このときに巡航タービンが故障した。
    • このときは予備部品がない!修理に2ヶ月かかるかも!?と、第二艦隊を巻き込む大騒ぎになってしまった。
      島風は閑職で干されてるのか期待されているのかよく分からない扱いだが、26日には修理完了、また船団を護衛してトラックへ出航。
  • レイテ沖海戦では、常に艦隊の先頭を進み抜群の機動力を持って護衛に活躍する。ここでも敵潜水艦を撃退。…張り切りすぎて燃料が切れかける。

第三次多号作戦 〜疾きこと、島風の如し Edit

  • 1944年10月26日、能代の沈没にともない、栄光の「華の二水戦」旗艦に指定され将旗を継承した。
    島風が駆逐艦でありながら旗艦に選ばれたのは、居住施設や通信設備など、他の従来型駆逐艦と異なり水雷戦隊のリーダーとしての設備を備えていたからだった。
    ただ、二水戦旗艦を駆逐艦が務めた例は長波など他にもある。
    しかしその後間もなく、11月11日に島風は戦没することとなったため、二水戦旗艦であったのは僅かに16日間だけであった。
  • 最後の作戦参加となった第三次多号作戦では、誘爆防止のために対空戦闘突入に先駆けて搭載魚雷を全弾投棄後、第二水雷戦隊(二水戦)司令官早川幹夫少将の将旗を掲げ突撃。
    大型でひときわ目立つ先頭艦の島風には、最初から攻撃が集中した。狭いオルモック湾内にも関わらず、彼女自身の言う「疾きこと、島風の如し」に違わぬ屈指の速力と的確な操艦で雷爆撃を全弾回避し続け奮戦する。
    • しかし数多の至近弾や機銃掃射により船体を蜂の巣にされ浸水、航行不能となる。敵航空隊の猛攻に救助に駆けつけた朝霜が近接を断念するほどであったという。
      • 公式四コマで「蜂の巣」をつついて襲われているのはこれが元。
    • 最期はオーバーヒートした機関が爆発、艦体後部からオルモック湾に没していくという壮絶なものだった。時に、1944年11月11日。
      • 行動不能になった後、総員退艦命令が出てからの爆発であり、意図的に空焚き状態にしてあったものと思われる。
      • この時「仲が良い」長波も同時に沈没し、同じ海に眠っている。
  • 島風最後の艦長である上井宏少佐はかなり短気な性格で、「邪魔だ!」「どけ!」などと怒鳴りつけ、回りの兵を突き飛ばしながら甲板から艦橋に上がったなどの逸話を持っている。
    多分ぜかましちゃんのあの性格はこの人のせいかもしれない。
    • しかし巧みな操艦術と戦闘に強い一面も持ち、文字通りの豪傑だったと言われる。オルモックでの奇跡的な回避技術もこの人のおかげなのかもしれない。
    • オルモック湾での戦闘で負傷したのち、艦を脱出するときには弱気になり艦に残ることを主張したが、「いつも威張ってるくせになに言ってるんだ」と部下にやり返され、カッターに担ぎこまれたという。

極限のオルモック 生存者たちの戦い Edit

  • 島風沈没後の話として上井艦長(重傷なので機関長が代理指揮)、上村機関長など21名がカッターで脱出し、途中で不時着した特攻隊員1名を救助している。
    そして漂流すること10時間、オルモックのイビル地区に上陸し、そこで長波・若月の生存者と遭遇、長波の艦長とも再会した。
    しかし、そこは米軍の艦砲射撃、航空機、魚雷艇などの攻撃に連日続き悩まされ、アメーバ赤痢にも感染し、最後に死に花を咲かせるため夜戦の切り込みを決意する。
    陸軍の三五軍司令官鈴木宗作中将に上村機関長が代表して軍刀か何か武器を貸して欲しいと頼んだところ、
    「陸の戦いは我々に任せてくれ。君たち海軍は海でしっかり戦ってくれ、頼む」と鈴木中将は答え、上村機関長は感動し、防空壕を掘って決戦にそなえた。
    その後12月2日に救援の船団がやってきて、それに乗ってマニラに帰投した。

戦後 Edit

島風の慰霊碑 〜慰霊碑もはっやーい! Edit

  • 島風の慰霊碑はもとの呉海軍墓地、長迫公園に建立されている。
    • 島風機関長だった上村嵐氏が戦後海上自衛隊呉教育隊の司令だった際、島風の慰霊碑を建立することを思い立った。
      しかし当時、呉海軍墓地は大蔵省の所有として中国地方財務局の管理下で、慰霊碑建立は不可能なばかりか手入れもされずに荒れ果てていた。
      それ以前にも瑞鶴の慰霊碑を同地に建立しようとする動きがあったが、やはり却下され実現しなかったという。
      そこで上村氏は理詰めに感情論にとあの手この手で談判を重ね、ついに「願書を出されたらノーとしか言えないから、黙って建ててください。知らんぷりしますから。」との言葉を勝ち取った。
      かくして、島風の慰霊碑はどの艦よりもはっやーい!時期に、公然と無断の形で建立されたのだった。
    • さらに、島風慰霊碑建立の話を聞いた各艦戦友会や遺族会でも続々と呉市役所へ慰霊碑建立の申し入れをしてきた。
      それらの話は財務局を経由して上村氏のところへ持ち込まれ、上村氏が「黙って建ててください」と許可を出すような形になってしまった。
      かくして呉海軍墓地には呉鎮守府所属艦の一大慰霊碑群が誕生。のちに墓地が正式に呉市に移管されたこともあり、慰霊の園としての整備も進み、現在の長迫公園の姿となったのである。
  • 『島風や 舞鶴レイテ 呉の碑よ』(島風機関長を勤めた上村嵐氏が後に詠んだ句)

受け継がれる「しまかぜ」の名 Edit

  • 「島風」の名前、実は二代目。初代は峯風型駆逐艦の四番艦。初代の島風も当時の日本記録ホルダー(40.7kt)であった。二代目は「君も帝国海軍最速であれ」と願を掛けて名づけられている。
    • ちなみに、初代島風が最速を誇ったのは全くの偶然。つまり二代目のように最速を目指して建造されたのではなく、たまたま精度の高い機関が初代島風に搭載されたため、最速艦と相成ったのだ。
      もしこの機関が峯風に搭載されていたなら、二代目も、この艦娘も峯風を名乗ったことだろう。まさに「運命」というやつである。日本駆逐艦の最高峰に自身の名が受け継がれ、初代も鼻高々だったかもしれない。
    • 初代島風は1940年に哨戒艇に改装され「第1号哨戒艇」と改称、さらに強襲揚陸艦に改造された。
      この時の改装で自慢の速力は5割減の20ktまで落ちてしまっている。*1
      1943年1月12日、ビスマルク諸島カビエン沖にて米潜「ガードフィッシュ」の雷撃により沈没した。2代目の就役は同年5月のことである。
      2代目島風の起工が1941年8月(進水は1942年7月)なので、1年半だけ初代・2代の島風がいたことになる。ただ、残念ながら直接会う機会は無かったと思われる。
      • 旧式駆逐艦を改造して輸送艦に転用することは、アメリカも行っている。機関を半分にする手法まで同じ。
  • 三代目もいて、海自護衛艦「しまかぜ」に名が受け継がれているが、残念ながら速度性能に見るべき点はなく、最大速は他の護衛艦と同じ30ktである。*2ロールスロイスのガスタービンも大したことな……おっと誰か来たようだ……*3
    しかしながら、二代目と同様、続く姉妹艦が建造中止になるというジンクスだけは継いでしまった。*4「はたかぜ」という姉がいるのでぼっちではないのが救いだろう。
    2隻そろって、「あまつかぜ」から長く使用されてきたターター・システムを見ることが出来る、最後の艦艇である。
    また、はたかぜ型は主機にCOGAG*5方式をミサイル護衛艦として初めて採用し、その後の護衛艦の新機軸となった艦でもある。
  • 余談ながら、海上保安庁「すずかぜ型巡視艇(現:ひめぎく型巡視艇)」にも「しまかぜ」がいる。番号はCL59。所属は第二管区の石巻。
    ちなみに姉妹は161隻もおり、その中には「はまかぜ(CL50、第三管区・横浜)」、「はつかぜ(CL73、第二管区・宮古)」、「ゆきかぜ(CL81、第一管区・花咲)」、「さつき(CL119、第十管区・宮崎)」、「すずかぜ(CL11、第一管区・小樽から第五管区・姫路に配置換えに伴い「ひめぎく」に名称変更、その後CL143、第一管区・小樽が再襲名)」もいる。
    • 東日本大震災では、発災直後に乗組員が「しまかぜ」及び同じ石巻海上保安署所属の監視取締艇に分乗。港内の船舶などに避難を呼びかけつつ、沖合に避難することに成功。その後、不明者の捜索、船舶の曳航救助や急患搬送などで活躍した。

島風ちゃんの身体検査コーナー Edit

検査結果その1 艦の構造 Edit

  • 機械室分割に伴うエンジン区画の拡大・魚雷発射管の増加などもあって、全長は特型以来の120m弱から、129.5mになった。全幅は0.4mしか拡大されていないためL/B比は11.56と陽炎型の10.8より大きくなっている。
    • 他の駆逐艦と比べて一回り大きいため、「軽巡洋艦のような」と言われることが多かった。
    • Wikipedia日本語版では長らく全長120.5mと書かれていたため、勘違いしてる人が多数。
  • 船体形状も見直され、それまで特型以来の帝国海軍駆逐艦の特徴ともいえたダブルカーベチャーバウから、鋭く延びたクリッパーバウとなった。
    • なお艦首形状がダブルカーベチャーバウでない駆逐艦は、艦これ実装艦では秋月型と島風のみ。
  • 島風型の機関部は、タービン区画(機械室)について左右軸独立した水密区画となり、前から缶・缶・缶・機・機の5区画の全機独立区画となった。
    • 従前は機械室を左右軸同一区画に納めていたため、この区画に攻撃を受け浸水すると一発で機械全滅・行動不能になる重大な弱点があったが、これが解消され、撃たれ強くなった。

検査結果その2 公海速度、巡航性能 Edit

  • 称賛される速度だが、当時の日本の駆逐艦は概ね35kt前後だった。竣工時38ktを誇った特型駆逐艦(吹雪型・綾波型・暁型)も改修によって排水量が増加し、34kt程度まで低下していた。全体的に駆逐艦の重武装・大型化が進むに連れて、速力は低下傾向だった。
    そんななか島風は1943年のテストで計画速力(39kt)を超える40.90kt(≒75.5km/h)を記録した。
    • この数字は過負荷最大出力(79,240shp)・排水量2,894トンで記録したもの。*6これは15倍以上排水量の大きい長門型戦艦(82,000shp)に迫る。
      • 40kt越えの時は公試条件は燃料・缶水1/2状態で、他の艦の2/3状態より軽く、他の艦と同じ条件下での最終終末公試運転では計画速力は超えるものの40ノットの大台に届かなかった。
    • 帝国海軍の過負荷最大出力は定格の105%であり「戦闘時短時間出力」的性質のもの。
      よって島風の公式性能は、他の艦と同じ出力条件で記録された公試全力40.37kt、または他艦と同じ出力・積載条件で行われた終末公試記録の39.9ktとなる。
      • 帝国海軍はエンジンをかなり大事に扱っており、島風ならば本来40,000馬力として設計されたエンジンを37,500馬力・95%に減格*7して2基搭載している。
        機関出力でいう「10/10全力」とは設計出力の95%であり、さらに5%上げた「10.5/10過負荷全力」でも本来の出力の99.75%である。*8
    • もちろんこんなアホみたいな性能の艦を旧来の5500t型軽巡が率いられるわけもなく、専用の水雷戦隊旗艦に阿賀野型を拡大した高出力・高速の軽巡が配備される予定だった。
    • こんなバカ性能だが、ゲーム内の設定とは裏腹に今までの機関(陽炎型)と比較すると20%ほど低燃費*9で案外小食。

検査結果その3 缶とタービン Edit

  • 新しい高温・高圧缶及び四段式となった新型タービンは、それ以降の駆逐艦向けの次世代標準になる予定で、改秋月型などにも搭載される計画だった。
    このため、もとより量産が前提であり設計も従前の艦本式の延長線上にあるものであって、技術的に無理をしたものではない。
    遮二無二高出力を狙った物ではなく、高出力と低燃費の両立を狙う一方、高効率化のためにタービンを4車室化したことで、大型化には妥協した設計といえる。
    • つまるところ島風のエンジンへの要求は「50%パワーアップして20%燃料消費を減らせ」という、そりゃ厳しいものである。
    • 燃費を妥協して小型化を優先したアメリカ式とは、考え方が逆。石油を産出しない日本と産油国アメリカの、それぞれの事情が如実に表れている。
    • 果たしてアメリカ駆逐艦は航続距離不足に、日本駆逐艦は長距離出撃の連続に、それぞれ苦しむことになる。
  • 缶については事前に陽炎型の天津風に同級のものが搭載され試験運用が行われ、*10タービンは広島の海軍機関工廠での運転試験の後搭載された。
    • 問題はタービン周り。量産品の他のタイプの機関と違い、量産されず一点ものになってしまったことで、部品の供給優先順位が低く整備に困る羽目になった。「タービン周りも整備したーい!」という不満はこれが原因。
      しかしそれなら国産品ですらない弥生長月などどうしていたのであろう……一応、長月のツェリー式から発展した石川島製タービンを積んだ船はいるっちゃいるのだが……
    • 長月の石川島・ツェリー式タービンというのは石川島造船所製のツェリー式タービン、という意味。ライセンス生産品ではあるが、ちゃんと国産である。
  • 島風の缶の蒸気条件は400度、40キロ/平方センチという性能は、米駆逐艦と比較した場合、特に優れたものではなかった。
    事実、米駆逐艦フレッチャー級の缶は454度、43.3キロ/平方センチという性能で、島風よりほんの少し上程度のものであったが、
    アメリカはこのフレッチャー級を175隻も量産していて国力の差を見せ付けられる。
    • もっともフレッチャー級も次級のアレン・M・サムナー級では39.7kgf/平方センチに落としている。やはり40気圧超の高圧缶を当時軍艦に用いるのはまだ時期尚早だったのだろう。
      さらにレーダー装備の充実と引き換えに速度は低下し、最終的に排水量が10%ほど増加した結果、日本海軍を戦慄させた36ノットの俊足は見る影もない34ノットまで落ちてしまった。艦艇の速度の頭打ちは、アメリカの技術と生産力をもってしてもいかんともしがたかったのである*11*12
  • ちなみにこのボイラーを製造したバブコック&ウィルコックス社は、戦後とんでもない事故を起こすシロモノをこさえてしまう。*13
  • 島風のエンジンについて特筆すべきは、大出力ながら故障らしい故障を発生させていないこと。戦局の悪化の折、定期整備にさえ難儀する状態を考慮すれば、望外の出来といってよい。
    • 1943年11月に左舷巡航タービンの故障を発生したことがあるが、これは陽炎型と同等の物。

閑話休題 スピード狂時代・島風のライバルたち Edit

  • ちなみにヨーロッパには彼女をさらに上回るスピード狂高速艦が存在していた。ソ連海軍嚮導駆逐艦タシュケント、基準排水量2900トンのイタリア生まれである。*14内海である地中海で出した記録とはいえその最高速度たるや42,7kt、艤装未完であった公試では43,5ktもの記録を叩き出している。そりゃ駆逐艦に130,000馬力なんて機関積めば速度は出るだろうが…
    • ただ、イタリア生まれの駆逐艦は行動圏が地中海の範囲でよいため航続距離が極端に短く、また荒れる外海を想定しないため、日米では考えられないほど思い切った設計が出来た点を付記しておく。
    • また、武器弾薬満載燃・燃料水消耗品1/2状態における島風の公試成績を「軽荷」と称する人も多いが、世界的には常備排水量で公試を行うことが基本である。当時の常備排水量は弾薬3/4・燃料1/4・水消耗品1/2状態であり、島風の公試排水量は、それより200トン以上重いことに注意。
      ただ、この件は軽荷での過負荷記録がある島風よりも、むしろ常備のデータが基準になっている他の艦と海外艦の速力を比較するときに留意すべきことである。
      40ノット超えの世界の高速駆逐艦の一覧*16*17*18*19*20

検査結果その4 兵装 Edit

  • 主砲は仰角75度・対空信管調停装置付きのD型砲塔に、測距儀も2式距離苗頭盤が付加され高角射撃対応化、対空射撃能力が向上している。
    と言っても本来が平射砲なので、対空戦闘力は本職である10cm連装高角砲などには敵わない。
    • つまり砲熕関係はと同様。新型12.7センチ高角砲案や、D型砲塔を更に改良したE型砲塔搭載案もあったが、実現していない。
    • 因みにこの連装砲、砲身だけで4.205t砲室を含めると重量は約30tほどあるはずであり、それを軽々と抱えているあたりやはり艦娘とは只者ではない。
  • 対潜装備として93式水中探信儀を装備しているが、島風に搭載されたものは特に性能がよく、陽炎に搭載されたそれより探知距離・精度ともに倍以上の性能を発揮した。
    • このこともあって島風は対潜警戒でも高い戦果を上げている。

その他 Edit

  • とにかく目を引く彼女の特徴的な下着(黒のTバック、しかも見せパン)だが、これはスタッフが出した同人誌の設定資料集によると「Z旗のデザインをTバックを穿いたお尻に見立てた」から。スタッフェ……。
  • 愛称は「ぜかまし」。理由はイラストを見ればわかる。
    • ところで、島風が進水したのは戦時体制に入った後なため、防諜の観点から艦そのものや備品に至るあらゆる物に艦を特定できる文字や記号の類は書くことが出来なかった。ってことはどういうことかというと…
    • その影響はリアルの護衛艦「しまかぜ」の艦長(2014年4月現在)後藤二佐にまで及び、(ニコニコ超会議の取材にて)、単身赴任で離れてる娘から「「『ぜかまし』今どう?」とメールが送られて来るようになったと暴露している…おそろしや
  • 愛くるしい連装砲ちゃんは、実艦の装備に準拠したためか大中小の三基がいる。二基は見切れているが、図鑑で枠無しのイラストを見ればちゃんと全員写っている。
  • ゲーム内の画像では背中に魚雷発射管があるため気付きにくいが、実は髪はただのロングヘアではなく、それをV字に分けたものとなっている。
    娘TYPE2014年7月号表紙では発射管を外しているためやや分かりやすい。
    • 公式4コマでも同様の髪型であるのが確認できるが、こちらは伊19の髪型を間違えた前科があったりする。
  • 公式4コマ第42話*15天津風登場回で、天津風にはフラれた(というか初風に先を越された)が雪風と言うルームメイトを得る。良かった良かった。
    • しかしその後、第58話で本来の「相方」時津風(雪風と同じ第16駆逐隊第1小隊所属)が着任、板挟みになった雪風の窮地を見かねた島風は泣く泣く相部屋解消を申し出るが、一人部屋を希望した初風の策謀もとい機転により、最終的に雪風が時津風と、島風が天津風と相部屋になることで決着した。
  • いろいろ言われるアニメ版の島風だが、実のところ戦闘では重雷装駆逐艦の名にふさわしい大活躍をしている。

コメント Edit

過去ログ

最新の15件を表示しています。 コメントページを参照

  • 島風が必要な任務って、何気に初めて? (記憶違いならごめんなさい -- 2015-07-18 (土) 14:08:04
    • ほんとだ。イベントとか難海域の駆逐艦枠としては引っ張りだこなのに任務での指定は無かった。 -- 2015-07-18 (土) 17:25:03
    • 初めてだな 島風の初陣がキスカ撤退作戦だから、島風的にも粋な計らい -- 2015-07-18 (土) 17:28:07
    • 「ゲームにおいて」に記載してもいいレベルのネタかな? -- 木主? 2015-07-18 (土) 19:06:52
      • 個人的にはそこまでする事でもないかと -- 2015-07-18 (土) 21:08:16
    • 響はともかく他はレア駆逐艦ばっかりだもんねぇ。阿武隈には設計図必要だし何気に難易度高いな。 -- 2015-07-27 (月) 16:25:05 New!
  • レベリングと大井さん狙いで2-4-1で出ました☆…で、その後連続でもう一回行ったらまたしまかぜ。大井さんは未だ…(^^; -- 指令Lv59? 2015-07-18 (土) 17:35:36
  • 近鉄特急(ボソッ) -- 2015-07-18 (土) 20:36:28
  • 潜水艦を建造しようとしたらまさかの島風が出てきて困惑した新米提督 -- 2015-07-19 (日) 03:28:04
  • ところでアブゥが軽巡のまま先制雷撃を実装できたし、島風も雷装を重装備してたなら改二で先制雷撃のワンチャン来るかも! え、アブは大発などを運搬してたから?アッハイ・・・ -- 2015-07-19 (日) 12:44:15
    • 甲標的は無いとして素か他の装備で先制雷撃なら十分ありえるんじゃない? -- 2015-07-19 (日) 13:35:26
    • いや、ここは飽和雷撃ということで、雷撃戦で魚雷が2本発射されるというのはどうだろうか -- 2015-07-19 (日) 18:50:08
      • ゲーム的にはありだけど本来の重雷装艦の戦い方と大きくずれるよね・・・ -- 2015-07-19 (日) 22:34:13
      • 混乱を狙うのが主目的の先制雷撃で撃沈多数の時点で「ゲーム的にはあり」レベルなのは変わらないけどね -- 2015-07-22 (水) 18:24:46
  • 提督「浜茶屋の壁に落書きしたのはおまえか、ぜかまし!?」 -- 2015-07-19 (日) 13:35:52
    • 「イッチ−バーン!」と書かれてるので白露だと思われるw -- 2015-07-19 (日) 15:27:29
      • お父様に叱られてたしなwww「そこの白露型一番艦ちょっとそこ座りなさい」とか言われてたwww -- 2015-07-21 (火) 22:28:53
  • はやくーーー!連呼仲間(時津風)が加わったな。 -- 2015-07-19 (日) 18:45:39
  • せっかく天津風ちゃんってお友達出来たんだから天津風ちゃんと泳ぎに行こうよ・・・ -- 2015-07-20 (月) 06:13:31
  • やっぱり泳ぎに行くときもあの格好なんスかね? それともより過激(ry -- 2015-07-20 (月) 08:35:48
  • コイツのスカートって透けてるよな -- 2015-07-20 (月) 12:31:12
  • エミネムの「fuck」の中で「おうっ」って女の子がいうんだけど、しまかぜに聞こえてくすっとくる -- 2015-07-20 (月) 15:16:47
  • 司令Lv6の時に建造で来て発狂してたな(遠い目) -- 2015-07-21 (火) 15:40:08
  • 速きこと、「島風」の如し、です!の「島風」は峯風型の4番艦を指している可能性が微レ存・・・? -- 2015-07-24 (金) 02:21:14 New
  • ・・・・秋月にも妹か。ぼっちは哀しいよな。ぜかまし。ほら、泣くんじゃない・・・・ -- 2015-07-24 (金) 21:20:20 New
    • ??「かもおおおぉぉぉ………」 -- 2015-07-24 (金) 22:28:16 New
      • え。キミもぼっちなの? -- 2015-07-25 (土) 03:14:21 New
      • ぼっち。さらに言えば同僚がたくさん居て晴れ舞台もあった島風に比べ、あっちは現在実装されてる他の艦娘との絡みもほとんど無い。他艦娘だったらエピソードとして残るかどうか怪しいほどのささいな接点くらいしかなかった。 -- 2015-07-25 (土) 03:49:33 New
      • だが娘は海保最強である。 -- 2015-07-26 (日) 21:35:51 New
  • 日焼けの形が凄いことになってそう -- 2015-07-26 (日) 04:44:15 New
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*1 ボイラを半減し、機関出力を半分にしたためである。
*2 但し機関出力は70000ps(=約69000hp)と、2代目(75000hp)とそこまで大きくは変わらない。単に艦体の大型化と主機関の発電へのリソース増加が原因である
*3 海上自衛隊など現代の海軍はこういった性能を多少ぼかして公表するのが常なので、もしかしたら・・・・
*4 米国からイージス・システムが提供され、「アーレイ・バーク級」をタイプシップとした「こんごう型」の建造が決定したためである。
*5 COmbined Gas turbine And Gas turbine。巡航用と高速航行用のガスタービンを混載する方式のこと。しまかぜの場合は巡航用にR&R社のスペイ、高速用に同社のオリンパスを混載している。
*6 通常の最大出力なら排水量2,924トン・75,890shp、速力も40.37ktに落ちる。また、最終終末公試運転では排水量3,019トン・76,010shpで39.9ktと40ktを割っている。
*7 ディチューン"detune"ではなくディレート"derate"である。機関そのものには何も改造をしていないのである。
*8 帝国海軍においては艦艇の機関について、修理が難しい戦艦は設計出力の90%に、その他の艦種は95%に減格して用いるのを常としていた
*9 陽炎型が重油622tで18kt・5000海里。島風は635tで18kt6000海里
*10 これに伴い天津風は航続距離は同級艦比300海里延伸
*11 さらに言えば、もともとアメリカの駆逐艦は公試速力が予定速力に達したものはなく、予定外の搭載品の少ないフレッチャーでさえ計画37kt対し公試速力35.1ktである。さらにフレッチャー級は対空・レーダーの充実によりトップヘビーとなって復元性が悪化してしまい、フィリピン沖で台風で1隻が転覆沈没してしまっている。初春型や友鶴事件はアメリカも他人事ではなかったのだ。
*12 ちなみに重量過多のはずなのに、5連発射管2基だけは終戦まで撤去されなかった。巡洋艦では早々に雷装に見切りをつけていた米海軍だが、駆逐艦乗りは日本に負けず劣らず魚雷バカが多かったようで……
*13 件の会社は戦後原子力産業に参入し原子炉を製造、そして「あの」スリーマイル島の原子炉2号機を作ったのである…
*14 実は島風設計の際に参考にされた娘である。諸般の事情で彼女も一人っ子だった。
*15 単行本第3巻収録
*16 出典元 丸 平成26年1月号 高速駆逐艦「島風」
*17 出典元 世界の艦船 増刊第17集 1985 No.346 第二次世界大戦のフランス軍艦
*18 出典元 世界の艦船 増刊第20集 1986 No.368 第二次世界大戦のイタリア軍艦
*19 出典元 光人社NF文庫 駆逐艦入門
*20 出典元 U.S. Destroyers: An Illustrated Design History